2012/10/26

ワークショップを終えて


何かを一から作る。
大学卒業して以来、初めての試み。
しかも今回は、大学というある種「守られたカゴの中」でのことではない。

私は、平和村で病気や怪我を負った子どもたちと間近に暮らしてきた。
部屋は、子どもたちのリハビリ施設の真上。休みの日でも、9時になるとポルトガル語やダリー語、ドイツ語が下から聞こえて来る。
今思うと、あの特殊な環境は、何年働いている常勤スタッフでも経験しないことだろう。

一年間という期間限定であったが、あの環境のおかげて、平和村について長所はもちろん、団体が抱える問題とも向き合えた気がする。そのうえで、私はやっぱりこの平和村の活動はとても重要だと思う。これが、現在の生活の拠点ミュンヘンでも平和村の活動を広めたいという私の今の原動力なのかもしれない。

今回のワークショップは、顔も知らなかった相手と企画し始め、通訳として、また平和村とのやりとりをするコーディネーターとしての初めての「何かを一から作る」機会だった。


(C) Maki Kawawa




ワークショップでは、腕白な子どもたちが真剣な表情で、自分なりの「ジュエリー」を製作する姿を前に、私自身も一緒になって楽しめた。作業が終わると、大きなカメラを自分たちに向けさせ、ありのままにポーズを撮る彼ら。翌日行われたファッションショーでは予想以上に恥ずかしがる子どもたちに、前の日の彼らの自身に満ちた姿を見せてやりたかったと思った。とはいっても、そんな彼らのふるまいから改めて、子どもって万国共通やなぁと実感するのである。
彼らにとって、古着を使ったジュエリー作りや、大勢の観客の前で歩いて表現したファッションショーなど、きっと初めてのことだろう。母国に帰った時、平和村のことを家族や友達に話す時、ふとこの日のことも思い出してくれたらと願う。

そして、病院での出会いや平和村での滞在を通して、病気や怪我を抱えたまま助からない子どもたちがいる一方で、ドイツでの治療を受けるという切符を手にした彼らが、「選ばれた子ども」だということを、いつか身をもって感じる日がくるのだろう。

そして、私は私で、もっと多くの子どもたちに生きる「機会(チャンス)」が保障される社会の構築を願い、ミュンヘンで活動を続けようという更なる原動力をもらった。

平和村でのワークショップに向けて、メンバーも事前にジュエリー製作。


ワークショップについての平和村の記事(日本語訳)
http://sakinder-bird.blogspot.de/2012/10/in.html

2012/10/24

マキマキワークショップ in ドイツ国際平和村

先日、1年間の研修後初めて、4カ月ぶりにドイツ国際平和村に行ってきました。

ド イツ国際平和村とはドイツ語でFriedensdorf Internationalといい、1967年にドイツ西部のオーバーハウゼンという市で設立されました。きっかけは当時勃発したイスラエルとアラブ諸国 の間で起こった「六日間戦争」です。また、同じころに起こったベトナム戦争の状況も、ブラウン管を通し目にした市民が心を痛め、戦地で傷を負った子どもた ちをドイツへ連れてきて、治療をするという支援を始めました。


現在の平和村の大きな活動は以下の三つです。

①紛争や危機的地域の病気や怪我を負った子どもたち、現地では治療を受けられない子どもたちをドイツの協力病院で治療、手術を施し、母国の親の元に返す。

②平和村施設、基礎健康センター、診療センター、義足作業場などを建設し、資金面や物資面で現地協力団体の支援。コンテナやトラックで定期的に援助物資や医薬品、日用品を援助物資として寄付。この「現地プロジェクト活動」は、その国の人々が、自立できるための援助。

③平和教育活動。ドイツの学校をはじめ、教会関係の団体や社会人サークルなどさまざまな団体を受け入れ、平和村の平和教育のセミナーを提供している。
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さて、その平和村へ先週末は、日本人ジュエリー作家の川和真紀さん、池山晃広さん、守谷天由子さんをお連れました。
以前、平和村での研修中に川和さんより「子どもたちと一緒にジュエリーを作りたい」といってもらっており、その日から先週にかけて打ち合わせや準備をしてきました。
私にとっては初めての通訳&コーディネーターとしての仕事で、至らない点が多々あったのですが、何とか無事にイベントを行うことができました。
このイベントについて、平和村ホームページに記事が載り自分なりに翻訳をしたので、引用します。
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写真提供:ドイツ国際平和村

 古 くなった服や裁ちくずとして使われない紐などを、ごみとして捨てるのではなく、アームバンドや技巧を凝らしたものに早変わりさせる。それは、とても独創的 です。

 ジュエリー作家の川和真紀さんは、まさにこの生地を使ったジュエリー作りを専門とする一人であり、今回平和村の子どもたちと、その楽しさを分かち合 いました。

 先週、オーバーハウゼン、ヒロシマ通りにある平和村の学びの場(Lernhaus im Friedensdorf)にて、彼女は子どもたちに古着から素早くかわいいジュエリーを作るためにハサミや接着剤をどのように使うかなど、コツを教えてくれました。

 それに感激した子どもたちは、次の日予定されている大きなファッションショーで自分たちの作品を見てもらうため、熱心に作業に取り組みました。日曜日の午後 の本番を迎える前に、もちろんその午前にはファッションショーがうまく進められるように、事前リハーサルもありました。午後3時頃、10人の女の子と10 人男の子たちは、音楽に合わせ、目を輝かせながら、平和村のすべての子どもたちとスタッフである観客の前を通り、自分たちの作った作品を披露してくれまし た。

 作品を創作し、ファッションショーで登場した小さな芸術家たち、素晴らしいファッションショーに招待された観客、そして子どもたちに大きな喜びを与えてくれた川和真紀さん。その日の終わりには、平和村のみんなが、満足して会場大いに盛り上がりました。
この素敵なアクション(活動)に、心からお礼申し上げます。ありがとう!

引用源
https://www.friedensdorf.de/Aktuelles-News.html (独) ドイツ国際平和村ホームページ

2012/10/11

間接的に愛を表現?

最近、アメリカのテレビシリーズ『Game of Thrones』にハマっています。
原作は『氷と炎の歌の世界(邦題)』といいファンタジー小説なのですが、限りなく中世のブリテン島での各国の戦いの様子に近く、15世紀中世イギリスで起こった薔薇戦争がモチーフになっていると言われています。

それはさておき、そのシリーズを見ている時のこと。

政略結婚が決まった登場人物の一人である、ある息子が、戦地で傷の手当てをしている異国の女性に惹かれ仲を深めていく。

息子は、婚約を取り消し、その女性との結婚を母親に相談するが、国の存命を争う結婚の約束を破ることはできないと、息子を諭す。

その時に、母親がいったこと、「When I got married with your father, He didn't love me yet. But now we love each other. It's stone by stone. =私が結婚した時、あなたのお父さんは私をまだ愛してなかったのよ。けど今はお互いを愛し合ってる。そうゆうことはゆっくり焦らず時間をかけるの。」

それを聞いた私は、「やっぱり熱が上がるのもいいけど、じっくり時間をかけてお互いの愛をはぐくむのがいいよね。しかも、単刀直入に、i love you とかより、間接的に愛情が伝わるほうがぐっとくる~」と一言、二言。

それを聞いたウリ氏、いきなり日本語で、
「Sakinderは、大丈夫です」

私:「hm?」

どうやら、直接的に「愛してるよ。」ではなく、「You are OK」と彼の中での【間接的愛情表現】だったようです。

この表現ハマりました。

愛情表現をしたいけど、別に「愛してるよ~」なんて使いたくない時は、はこれですね。

「ウリは大丈夫です」